【獣医師コラム】犬の避妊手術と去勢手術について

特集

犬の避妊・去勢手術に対する考え方や目的、手術のメリット・デメリットについて解説します。手術の目的は、繁殖制限だけではなく、性ホルモンに関連した病気の予防や、問題行動を抑制することにあります。避妊・去勢手術についてよく知ることで、愛犬にとって何が最良か考えて選択することが大切です。

犬の避妊手術・去勢手術とは 

犬の避妊手術・去勢手術とは、メスでは卵巣および子宮を摘出する手術、オスでは精巣を摘出する手術のことをいいます。 

日本では、動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)において、「むやみに繁殖することを防止するために避妊・去勢手術等の繁殖制限措置を行うこと」と規定されています。その背景は、繁殖制限措置を講じることなく飼養頭数が増え、適切な飼養管理ができなくなってしまった場合には、動物を劣悪な飼養環境下におくこととなるだけでなく、人に迷惑や被害等を及ぼしたり、遺棄や虐待等の違法な事例を発生させ、最終的に保健所で殺処分になってしまう犬がいるからです。 

では、飼育管理がきちんと出来ているのであれば避妊・去勢手術はする必要はないのでしょうか? 

近年の避妊・去勢手術の目的は、「望まない妊娠を防ぐ」だけではありません。将来的に起こる可能性のある性ホルモンに関連した病気の予防や、性ホルモンによって誘発される問題行動を防止することに重点が置かれています。 

避妊・去勢手術に対する考え方?

避妊・去勢手術に対する考え方

避妊・去勢手術については多くの考え方が存在します。インターネットで検索してみると、推奨派や反対派など、多くの意見が飛び交っています。 

世界的にみると、アメリカではほとんどの家庭内飼育犬は避妊・去勢手術をされていますが、ヨーロッパの中でもスウェーデンでは避妊・去勢手術の実施率は低く、手術をするのは自然なことではないという考え方が根付いています。国によって異なる考え方があるようですが、日本はどうでしょう。 

日本国内において、犬の避妊・去勢手術の実施率はおよそ50%。約半数の犬が手術を受けています。また、その手術を受けている犬の約半数が1歳未満で手術を受けています。(平成27年ペットフード協会調べ) 

この50%という数字が多いのか少ないのかは、人によってそれぞれ印象が異なると思いますが、手術をしない理由をみてみると、多くの飼い主さんが「手術をする必要がないと考えるから」と考えており、次に「かわいそうだから」「手術費用が高いから」「子供を産ませたいから」と続きます。(環境省調べ) 

実際に動物病院で診療をしていると、犬を飼い始めて健康診断や予防接種などで来院し、そのままの流れで1歳までに避妊・去勢手術を実施する方も多いですが「手術をする必要がない」と考えている方や、「かわいそうだから」したくないという方にも遭遇します。 

病気になったわけでもないのに、正常な臓器を手術して取ってしまうのは犬本来の自然な形ではない人間のエゴだという意見や、擬人化し自分と重ね合わせて、男が男でなくなってしまうのはかわいそうだという意見。犬を愛する飼い主さんの意見、確かに頷けます。 

しかし、本来、動物は種を残すために生きており、犬が人の愛玩動物(ペット)として共生していくことは、本来の目的とは大きく異なるのです。 

避妊・去勢をしていない犬は本能的に異性を求めます。特に雌犬の発情周期は半年~1年に1回で、成犬の間に妊娠できるチャンスはとても少ないのです。発情期には異性を求め、ごはんを食べなくなることもあります。 

避妊・去勢をすることは本来の動物として自然なことではないとする考え方がありますが、ペットとして飼われていること自体が自然ではありません。 

飼主さんとの生活の中でも、本能的に種を残したいと考えているはずですから、異性の犬に会えば興奮しますし、性行為を求めます。もし、交尾・妊娠・出産をさせる予定がないのであれば、発情している犬に禁欲生活を強制していることになるわけです。 

犬にとって避妊・去勢手術をしないことが本当に幸せかどうかは難しい問題ではないでしょうか。 

私も獣医師として避妊・去勢手術を推奨する立場ですが、最も重要なのは飼い主さんがさまざまな意見、情報やデータを知り、自分の愛犬にとって何が一番幸せか考えることにあると思います。 

そのためには避妊・去勢手術のメリットとデメリットを知り、理解する必要がありますので、次に、避妊・去勢手術のメリット・デメリットを挙げていきます。

避妊・去勢手術のメリット 

避妊・去勢手術のメリット

望まない交配による妊娠を防ぐ(社会的なメリット)?

犬は一度の妊娠で複数頭出産します。なかには生まれてきた全ての仔犬に責任が持てず、捨てられたり、最終的に殺処分されてしまうケースもあります。残念なことに国内で犬の殺処分数は年間約1万頭(2016年度)もいるのです。 

望まない予想外の妊娠を避けることで、殺処分数を減らすことに繋がります。国や自治体が避妊・去勢手術を推奨する理由の一つです。 

問題行動の減少、精神的な安定 

雄犬では、性的欲求によるストレスを軽減することが出来ます。また、他の雄犬に対する攻撃性や支配行動(マウンティング)、足をあげておしっこをする縄張り意識(マーキング行動)による頻繁な排尿の軽減などが期待されます。 

しかし、これらの問題行動の一部は、一度学習してしまうと手術によって性ホルモンの分泌がなくなっても抑制することが難しくなるので、若齢期に手術を実施するのがよいとされています。 

雌犬では、発情に伴う外陰部からの発情出血、発情後に乳腺が腫れてしまう偽妊娠、また、体調変化や精神の不安定からくる食欲低下などの症状をなくすことができます。 

病気の予防 

去勢手術で予防できる病気

雄犬では、精巣腫瘍を含む精巣疾患、前立腺肥大、肛門周囲の腫瘍、会陰ヘルニアなどの疾患が予防できます。 

精巣腫瘍の中でセルトリ細胞腫は悪性であり、骨髄抑制により死に至ることもあります。前立腺肥大は未去勢の高齢犬の多くがなり、便秘や血尿などの症状を示します。 

避妊手術で予防できる病気

雌犬では、子宮蓄膿症や子宮腫瘍を含む子宮疾患、乳腺腫瘍、卵巣腫瘍が予防できます。 

子宮蓄膿症は未避妊の高齢犬でよく遭遇する疾患であり、子宮内に細菌感染が起こり、膿が貯まる病気です。発症から治療が遅れると敗血症になり致死率が高い病気の1つといわれています。 

乳腺腫瘍は国内の雌犬におけるもっとも一般的な腫瘍で、雌犬に発生する全腫瘍の約30%、ヨーロッパでは40~50%を占めています。悪性の割合が約50%といわれており、悪性のものは肺転移を起こし死期を早めます。 

乳腺腫瘍の発症は性ホルモンと深い関係があり、避妊手術をする時期と発病率の関連が指摘されていて、初回発情前では0.5%(200分の1)、2回目の発情前では8%(約12分の1)、3回目の発情前では26%(約4分の1)の発病率(手術を実施していない症例との比較)であったと報告されています。 

(Schneider R et al. J Natl Cancer Inst 43:1249-1261(1969)) 

また、残念ながら3回目の発情以降の手術では予防効果はないと報告されています。 これほど多い乳腺腫瘍ですが、アメリカにおいては、早期避妊手術が一般的であるため、発生率が少ない腫瘍です。 

このように、性ホルモンによって引き起こされる病気は命の危険を伴うことがあります。 


避妊・去勢手術をすることで、発情に伴うストレスを減らし、生殖器に関連するいくつかの重篤な病気を予防できることから、健康で長生きできる可能性が高くなると考えられています。 

避妊・去勢手術のデメリット 

短期的なデメリット 

全身麻酔のリスク 

避妊・去勢手術には全身麻酔を必要とするため、麻酔によるリスクがゼロとは言えません。なかには麻酔に対するアレルギーを持っている場合や、ブルドックやフレンチブルドッグなどの短頭種では麻酔後に呼吸器の問題が起こりやすいため注意が必要です。 

術後合併症 

どんな手術においても稀に術後感染症を起こす可能性はあります。また稀に手術時の体内に残した縫合糸によって異物反応を起こしアレルギー反応を起こすことがあります。(ミニチュア・ダックスフンドに多いといわれています) 

長期的なデメリット 

子供を作ることが出来なくなる 

一度避妊・去勢手術をしてしまうと、後に子供が欲しくなったとしても子供を作ることは出来なくなります。 

太りやすくなる 

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避妊・去勢手術後は基礎代謝が低下し、性衝動が抑えられ運動量が減ることで肥満になりやすい傾向があります。

一方、性欲が無くなることで食欲が増加する傾向にあり、食欲に任せて食餌を与えていると太ってしまいます。犬が自発的に痩せたいという意思を持つことは少ないと思いますので、一度太ってしまうと体重を減らすのはなかなか大変です。

また、太ることで骨関節炎や糖尿病などの病気になりやすくなるため注意が必要です。 そのため術後には適切な食餌管理が必要となります。 

尿失禁 

大型犬の雌犬に対する避妊手術の副作用として尿失禁が起きやすくなることが報告されています。海外の報告では大型犬で5~20%の症例が術後約2年程度で発症するといわれていますが、小型犬では少ないといわれています。 

特定の病気の発病率増加の報告あり 

上に示した肥満に伴う関節疾患や尿失禁の発生率増加、また、骨肉腫などの悪性腫瘍の発生率の増加も一つの論文で報告されています。 

去勢手術と避妊手術をする時期は? 

去勢・避妊手術は、いつまでに手術をしなくてはいけないという具体的な決まりはありません。乳腺腫瘍の発生率に関しては初回発情前に早期に卵巣を摘出した方が低くなることが示唆されています。

また、性ホルモンに関連した問題行動に関しても、その行動を行っていた期間が長ければ長いほど、手術後の改善が認められない傾向にあるため、病気や問題行動の予防という観点からすると6ヵ月齢前後での手術が望ましいと考えられています。 

病院によって考え方の違いがあるため一概には言えませんが、1歳までに手術を行うことが一般的かと思います。 

最後に 

犬の避妊・去勢手術に対しては様々な考え方が存在し、正常な臓器を取ってしまうことに抵抗や不安を感じることもあると思います。しかし、避妊・去勢手術には、将来発症する可能性のある病気の予防や、問題行動の抑制、寿命の延長や生活の質の向上など多くのメリットがあると考えられています。 

かかりつけの獣医さんと相談し、手術のリスクやデメリットをふまえ、ご家族で話し合ってどちらが愛犬にとって幸せなのか考えてあげることが大切だと思います。

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獣医師田中先生

獣医師田中先生

日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科2009年卒業。在学中は獣医放射線学教室神経班に所属し神経病学と画像診断学について学ぶ。 卒業後、地元である埼玉県所沢市にある所沢アニマルメディカルセンターに勤務。現在は同院の副院長を務めている。 得意分野は一般内科、神経科、軟部外科、整形外科。今年で臨床10年目、節目の年を迎え、日々進歩する獣医療において幅広い知識を身に付け、治療を必要とする動物とその家族が最良の選択が出来るよう、常に一流のジェネラリストに近づけるよう日々勉強中。 趣味は釣り、筋トレ、石集め、滝巡り。私生活では一児の父、4匹の猫と賑やかに暮らしている。

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