記憶に残るディスクドッグチームたち

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私がディスクドッグを始めてから、強烈なインパクトを受けたり、そのパフォーマンスに唸らされたり、チームプレーに驚いたり…。記憶に強く残ったチームを紹介したいと思います。どうしても競技寄りの話になるので、少しマニアックな内容になるかもしれませんが、興味ある方に読んでいただくものと開き直って書きます(笑)。

記憶に残るディスクドッグチームたち

井上弘之DIZZY(ボーダーコリー)通称:ディジー

私が競技としてのディスクドッグにはまっていくきっかけを作ってくれたチームです。私がディスクドッグ競技会に参加し始めた1997年には、参加しているチームの大半が訓練競技会をベースとしたような、オビディエンス重視と感じられるような重苦しい雰囲気を伴う警察犬種(シェパードやラブラドール等)のチームが多かったように記憶しています。

人が投げて、犬がキャッチし、命令調の声符(コマンド)や指符(ジェスチャー)で呼び戻すようなゲーム運びが主流でした。その中にあって、彼らは異彩を放っており、犬と自分自身をも鼓舞するような大きな掛け声と共にディスクを投げ出し、DIZZYがキャッチするとそれ以上の大きな歓声(奇声?)を上げてコート内を走り回り、大きなモーションで愛犬を迎えて次の一投を投じるスタイルで、見ている観客をも巻き込んでしまう雰囲気を持つスタープレーヤーでした。

正直、大会に参加し始めた頃の私は、会場全体の雰囲気はあまり好ましいとは思えませんでしたが、彼らのプレーを目にした時、「俺の求めているのはこれだ!」と思い、同じようにできないものかと試行錯誤を繰り返すようになりました。それは、DIZZYと私の愛犬JACKEYの個性を見比べることもなく真似をしたりしたので、結果的には上達するのに回り道をすることになったのですが…。それはそれで、私たちのディスクドッグチームとしての財産になっていきました。

その後、私は本場アメリカと同じスタイル(ディスタンス+フリースタイル)でディスクドッグをやりたいと考え始めた時、フリースタイルに興味を持ったものの、多くの技の習得をしないうちはデビューできないと思い込んでいました。そんな時、彼らが先にフリースタイルにデビューします。フリースタイルは複数枚のディスクを使用するのですが、その時の彼らは、1枚のディスクのみを端から端へロングスローを投げ、それを例の大きな掛け声と大きなジェスチャーでコート内をグルグルと走り回り、技数とは無縁ながら、人も犬も実に楽しげにフリースタイルをしていたのです。「フリーは、これで良いんだ!」と大きく背中を押してもらった気がしました。そして、間もなく私たちもフリースタイルにデビューすることになります。ディスタンスもフリースタイルもこのチームに大きく影響を受けてどっぷりと深みにはまっていった忘れられないチームです。

柳生昌男ブル(マリノア)通称:U人さん

こちらは、北海道の大物です。先に1996年ごろのパソコン通信ネタを書きましたが、その中にドッグスポーツのカテゴリーがありました。当時の数少ない情報源としては、実に頼もしい実体験に基づくアドバイスを書いてくれた、私にとって心の中の師匠の一人です。ディスクドッグにはまっていく過程で、迷うことが多くありましたが、的確なアドバイスをいただいた記憶があります。

後にアジリティの世界の大御所と知ることになるのですが、彼の本拠地北海道でアジリティ、フリスビー、バーベキューを同時に楽しむイベントとして「アジフリQ」という呼称だったと思いますが、大いにドッグスポーツを楽しむことを広く推進されている方でした。ただ、PC上でアドバイスをいただいた時の表現が分かりにくかったのが、「一緒に空を飛ぼう!」といつも元気づけていただいたことです。空を飛ぶってどういうこと?と通常のジャンプのイメージでは当時の私には想像できなかったからです。

そんな彼がブルと実際のプレーをするのを見たのは、1997年のJFAジャパンファイナルだったと思います。ブルは豪快なジャンプをする子で、私の印象は2段ロケット。ディスクドッグはディスクが空中に飛んでいる時に犬がジャンプしてキャッチすることが多いのですが、そのジャンプが尋常ではありませんでした。やや高めに投げられたディスクに向かってジャンプをするのですが、タイミングが早い、失敗だ!と私が思った瞬間、空中で再び加速するのです。それは、恐らく首と体をもうひと段階伸ばしていたのが加速したように見えたのだと想像しますが、当時は本当に2段目のロケットが噴射したように見えるジャンプをしたのです。それは度肝を抜かれたというか、心を奪われたというか、本当に素晴らしいプレーでした。「空を飛ぶ!」その意味がやっと分かりましたが、俺達には無理!と身の程を知らされた出来事でもありました。

菅原稔ジュディ(ダルメシアン)通称:ポンちゃん

彼らもパソコン通信で知り合った仲間の一人です。知り合った中の有志で「飛皿犬の会」を一緒に立ち上げたメンバーです。私とJACKEYが上位チームと戦う力を蓄え成長するのに必要不可欠なチームでした。初めて彼らを見たのは1997年、私達がJFAでのデビュー戦の東京都昭島公園での大会だったと思います。初めての参加で全く余裕がなく、周りが目に入らなかった中で、それでも目に飛び込んできたのが大きなジャンプをするダルメシアンが居たことです。犬種が珍しかったこともあり、強く印象に残った一コマでした。これが、彼らだったことは後から知ります。

何度か一緒に大会へ参加するようになると、その伸びやかなスローイングと豪快なジャンプ(やや広めに足を広げ、空を泳ぐ感じ)にカッコイイ!と思う機会が増えていくのですが、実はジュディは耳が聞こえないということを知ります。ところが、ポンちゃんの大きく的確なジェスチャーとアイコンタクトで豪快なゲームを展開していたのです。ハンディキャップはお互いがカバーできるものだということを私に教えてくれ、その後の私のゲームスタイルに大きな影響を与えてくれました。同年の秋頃から一緒の参戦が増えていきましたが、当時の見本はネットでもビデオでもなく、出場チームそのもの。それを一緒に一生懸命に見て、今のチームは何が良かった、悪かったとか分析をしながら、練習で真似をしてみたり、シミュレーションしてみたりして、自分たちの糧にしていったものです。

その中でポンちゃんはとても緻密で正確な分析を行う人で、私とJACKEYのゲームも的確に評価してくれ、その日のゲームのみならず、以降のゲームにも生かせる貴重なアドバイスをしてくれました。ジュディとJACKEYはこれまた異なるタイプではあったのですが、私たちが憧れ、良き師匠であり、共に成長できたライバルだったと思っています。

仲林謙治ロプロス(ドーベルマン)通称:ポセ

こちらもパソコン通信つながりの「飛皿犬の会」仲間です。ジュディと同時期に一緒に参戦していました。私とJACKEYも共に成長していったので思い出深いのですが、ディスクドッグとしては珍しいドーベルマンのチームでしたので、会場では目立ちました。一番固いディスクを使い、更には異様に高く、コートの右外側に投げ上げて、大きく弧を描いてコート内に落としてくる、いわゆるハイザーの極端なスタイルで、現在は高ポイントを作る一つの戦法となった先駆けだったと思います。

冬場などミスをすると地面にカランカランと樹脂製のものとは思えないような音が響いたりしたものです。また、まるで馬が走るようなストライドでゆったりと見えてもとてもスピードに乗った走りが特徴的でした。ポセもロプも厳つい顔立ちで一見近寄りがたいのですが、二人ともとてもユニークで、緊張感漂う決勝の入場時にポセの膝裏にロプが頭を突っ込んで(いわゆる膝カックン)大転倒なんていうこともあったりして、実力派なのにお茶目なところが大人気でした。個性派の代表格と言っても過言ではありません。

高坂健一MOUSSE(ラブラドールレトリバー)通称:健ちゃん

2001年にディスクドッグ世界大会のワールドファイナル戦へ日本代表として2チームを送り出すことをJFAが発表し、当時フリースタイルに加えてディスタンスにも力を入れていたチームに一攫千金に値するチャンスが訪れたのですが、当時の私と愛犬JACKEYの最大のライバルだったチームです。フリースタイルでは、卓越したジャンプ力と大胆な構成で、特にボルトとフリップの複合技を得意とし、観客を虜にする素晴らしいプレーをしました。

最終戦まで、互いに抜きつ抜かれつで、代表決定の最終戦までもつれることになるのですが、彼らにはTVの特番クルーが密着しており、私たちは完全にヒール役でした。結果としては、他チームを抑えて共に代表権を得たのですが、日本代表として渡米する際、2001年9月11日、世界で最悪と言われる同時多発テロの際に我々はアメリカ上空で遭遇し、目的地ワシントンD.C直前で緊急着陸させられ、軍隊に引率されて避難するという忘れもしない経験をしました。その時は非常事態でしたので大会中止を余儀なくされたのですが、翌年、お互いに再び代表権を獲得して渡米した、世界への扉を切り拓いたという意識を共に強く持つ、胸を張って日本の初代代表と名乗れるチームです。

ボブ・エバンスNICK(オーストラリアンシェパード)通称:ボブ爺ぃ

私とJACKEYが2002年に日本初代のディスクドッグ世界大会代表として渡米したとき、既に世界チャンピオンだった“おじいちゃんと愛犬”です。翌年の世界大会会場となった地方大学のラグビーグランドでそのチームは空へ飛びました。フリースタイルの話ですが、“空を”ではなく、“空へ”飛んだのです。

既にワールドファイナルのVTRで目にしたことはありましたが、生で見る迫力に私は強烈なインパクトを受けました。しかも、彼がNICKに掛けるコマンドは「Hey、NICK!」「Come on NICK!」の2種類のみ。これに反応して大げさでなく、2階へ軽々届く豪快で美しいボルト(人体の一部を踏み台にして空中に飛び出す技)を繰り返し、技数としては少ないものの、見る者にインパクトを与えるフリー演技の手本というものを見せつけられた感じでした。

翌年も世界大会で会ったのですが、彼がディスタンスの出番の時にコート傍らの刈られた芝を片手いっぱい持ち出して、コート上の6ポイントを示すラインに盛り付けたことがありました。恐らくは、彼が投げる目標の立体的な目印にしたのだと思いますが、ジャッジもMCもニヤニヤとその行動を容認していたのです。我々のJAPANCUPなら当然NGですが、いかにもアメリカの大らかな雰囲気とそれを許される彼の存在の大きさを感じ取れたエピソードです。

野呂瀬さゆりPASSER(ボーダーコリー)通称:さゆり

2004年にスポーツDiv.(ディスタンス部門)で世界チャンピオンになったチームです。国内では勿論、JAPANCUPで2003,2005年に日本一に輝いています。PASSERは、我が家のBRAVO!の従姉妹にあたりますが、常に我が家のチームの優勝を阻む存在で、本当にしぶとかったです。特に印象的だったゲームがあるのですが、ナゴヤドームでのドッグイベントと併催で大会が行なわれた事がありました。この時、人工芝のフィールドが滑りやすく、どのチームも苦しんでいて、PASSERも例外ではなく、特にレトリーブの際にスローイングラインを大きく通り過ぎてしまったり、ターンするときには走ろうとすると足が滑って無駄なドリフトをするような感じでなかなかスピードに乗れませんでした。

ところが、セカンドラウンドになると、その滑り具合を完璧に把握して、全力で走り戻ってきた勢いのまま、かなり手前からスライディングをして、さゆりの手元にピッタリ!次もその次も…。そしてターンはゆっくりと歩くように確実に…「奴は天才だ!」と口を突いて出た程です。また、彼女たちの持ち味は、どんな状況下でも6ポイントを5本きっちりと決めて1ラウンドあたり30ポイント、これを3ラウンド並べられるのが強みで、その安定感で勝ち星を上げていきました。

ところが、一時期ロングスローが武器のチームの台頭によって、そのポイントに付いていけず、苦しんだ時期があったのです。しかし、その翌シーズンには、受渡しの良さに更に磨きを掛け、6ポイントを6本決めて36ポイントを上げる戦法を確立してきました。これには、ロングスローのチームもビビったはずです。それは、当時のロングスローのチームは4本のゲーム構成がメインのため、1本でもミスを刷れば30ポイント以下となり及ばなくなるため、結果的に守りのスローで飛距離が落ちたからです。この時、彼女たちがただ者でない本当の強者であることを痛感したものです。

森稔之MISIA(ボーダーコリー)通称:森ちゃん

PASSERの姉妹です。私とBRAVO!が世界大会へ行った同時期にフリースタイルにデビューしたように記憶しています。いきなり、Debut to Win!でした。それはそれは、とても高く、柔らかい跳躍を武器に、安定感抜群の演技を見せつけていました。特にバックボルトの美しさは秀逸だったと思います。ライバルとしても、もっと見ていたい、そう思えるフリースタイルでした。ディスタンスも実に安定したゲーム運びで、森ちゃんが8ポイントをベースに投げ込むゲームスタイルにミスのない着実なキャッチを重ね、アベレージはとても高かったです。

NDAのJAPANCUPでは2003、2004年フリースタイルを連覇、2004年スーパークラスで準優勝しています。JFAではジャパンファイナルで日本一になり、ディスクドッグ最強の異名を取ったチームです。我が家のBINGO!、BRAVO!と共に各地を転戦し、表彰台を入れ替わり立ち替わり独占する勢いだったことが思い出されます。私にとっては、とても身近で、とても厄介な、とても素晴らしいチームでした。

鈴木ひとみVIVI(ボーダーコリー)通称:ひとみちゃん

我が家のBRAVO!と同時期にフリースタイルで活躍していたチームです。初めて彼女たちのプレーを見たときの印象は「中国雑伎団か!」と突っ込みたくなるような印象深いものでした。私が、アメリカのワールドチャンピオンシップスのVTRを手本とし、それをアレンジしていったのに対し、独創的なフリースタイルで魅せてくれたチームで、彼女たちのフリーのファンは多かったと思います。

私は3度世界大会へ行くことが出来ましたが、ひとみちゃんは、VIVIが飛行機に缶詰になるし、検疫で会えない時間がたくさん有るから…という理由で、全く日本代表に興味を示しませんでした。私としては、彼女たちのフリースタイルこそ世界大会で数々のオリジナル技を見せつけて欲しかった、そんな素敵なチームです。

小泉伸人SARA(ゴールデンレトリバー)通称:おいちゃん

ボーダーコリーが台頭する中で、ゴールデンレトリバーで果敢に戦っていたチームです。始めてSARAを見たとき、「マジか?!」と目を疑うような大型犬の概念を覆すジャンプをしていたのを思い出します。それも走行方向に跳躍するというより、どちらかというとオーストラリアンシェパードのように真上に飛び上がるような跳躍で、大きな体をそれでも柔らかに着地できる素晴らしい体幹を持っていたのだと思います。おいちゃんは上手く風をつかむスローイングを得意としていて、強風のゲームでの決勝進出率がとても高かった印象があります。大きなSARAがボーダーと堂々と渡り合う姿は、見ていても痛快で、大好きだったチームです。

木村宏MARU(W.コーギー)通称:キムラヒロシ

私が理想としていたスローイングで戦っていたドギーズクラス出身のチームです。

全盛期には、スーパークラスにも参戦し、対等に戦うどころか、上位に食い込む実力を持っていました。小型犬として、10ポイント×4=40ポイント(クアドラプル)をやり遂げた唯一のチームでした。

私は、当時は勿論、今でもスローイングは出来るだけフラット気味にゆっくりと落ちてくるディスクの軌道が理想と考えているのですが、なかなか飛距離とのバランスが取れずに試行錯誤を繰り返している私の目の前で、一つ先のエリアにあっさりと投げ込んで、それにマルが果敢に走り込んで行く姿が、何とも格好良かったのを思い出します。長身から繰り出されるスローは、10ポイントゾーンまでフラットで決して険しくない軌道で、イメージとしては力強くゆっくりと飛んでいく感じでした。

忘れられないことに、右後方からの強い風のコンディションで私が臆病風に吹かれていた出番直前で、マルに思い切りの良いスローを投げ込んで戦う姿を見せられ、私も覚悟を決めて思い切り腕を振ったことで、BRAVO!と初優勝を飾れたことがあります。大きなヒロシと小さなマルが魅せるディスタンス競技は興奮度が高く、少なからず私が影響を受けたチームの一つです。

望月昭吾FLY(ボーダーコリー)通称:モッチー

2006年のJAPANCUPチャンピオン。暑苦しいほどの闘志むき出しのゲームスタイルでNDAスーパークラスを席巻しました。際だったのは、それまでロングスローで戦うのは1ラウンドあたり4本が限度の40ポイントというのが常識だったのを打ち破り、10×5=50ポイントという初めてのスタイルを実現したことです。

これは私にとってショッキングであり、しかし、ディスクドッグの戦術の可能性を拡げる革新的な出来事でした。

この時、実は私はこの大会を休場することを決め込んでいましたが、その史上初の快挙の報告を受け興奮し、急遽翌日の参戦に向かった覚えがあります。ポイントの話を別にしても、FLYはモッチーの投げるディスクを首を横にして見ながら走り、そのままの姿勢で前後左右に自分のポジションを変える、まるでラジコンを操作しているような機械的なスムーズな移動ができる特徴的な犬でした。これによって、それはミスの少ない、戦いづらいタフなチームであり、間違いなく頂点を極めた素晴らしいチームだったと思います。

年間ランキング1位を2005、2008~2011年、何と5回も達成した実績がそれを物語っています。JAPANCUPは言わば一発勝負なので勝負強さとか勝負運とかが大きなウェイトを占めるのですが、年間ランキング1位は、ひとシーズンどんな天候・状況下でも実績を積み重ねなければ達成できないので、間違いなく史上最強の王者なのです。

木田高弘カルーアミルク(オーストラリアンシェパード)通称:DAR

恵まれた体格から繰り出されるロングスローや、同じフォームから繰り出される失投(刺しスロー)まで、満遍なくキャッチしまくる、スーパードッグです。

DARは大きな大会で燃えるタイプのようで、勝負の掛かるところで、このチームの強さが際立っていました。決して器用なタイプではなく、時折考えられないような失投をするので、私は良く「下手くそ!」とからかっていましたが、強さは際立っていました。ゲーム運びで私の方が遙かに上手くポイントをまとめたのに勝負に負けたときのダメージは大きかったですね。

その何をするか予測できないゲーム運びで、MCにはよく日本一の歌舞伎者などと呼ばれていたことも思い出します。それでも2007、2008年のJAPANCUPスーパークラス並びにみかり(DARの奥様)とのペアでフリースタイルの最高峰2種目を連覇した実績が、カルのとんでもない強さと器用さを物語っています。本当に上手い、名犬です。

野仲大輔ROA(ボーダーコリー)通称:大ちゃん

ディスタンス、フリースタイルを総合すると、いま現役ではNDA最強の存在だと思います。NDAに彼らが出場し始めたとき、特にフリースタイルには度肝を抜かれました。これは、是非生で見ていただきたいとは思いますが、5m前後吹っ飛んでくるキャッチ&ドッグキャッチ!(という技名かは知りませんが)通常のドッグキャッチは犬が柔らかくジャンプして人の胸で受けるのですが、大ちゃんのトスをキャッチした後に正面から飛んで来るのです。これは、未だに何度見ても興奮するほど大好きで憧れる技です。

加えて、ディスタンスも強い。これは、大ちゃんの決して険しくないが飛距離の出る投法と冷静なROAのキャッチセンスが噛み合った安定感あるコンビネーションの成せる技。実際、2017-18シーズンの年間ランキングでは、我が家の現エースJETERが4位だったのに一つ上の3位でした。なかなか厄介なチームですが、ROAはとても人懐っこくて可愛いんです。大ちゃんも茶目っ気たっぷりですし…。愛犬が同世代だということもあり、暫くは競い合うのに必死になれそうな、いや、ならなければ競えない強豪チームです。

素晴らしき仲間たち

ディスクドッグは素晴らしいドッグスポーツです。愛犬との遊びの一つとして楽しめば楽しむほど、自分と愛犬の絆が強くなるのを実感できると思います。それが競技として突き詰めていく段階になると、とても素晴らしい仲間(ライバル)たちと出会うことになります。それらのチームの考え方や愛犬を活かす術を感じ取る中で、自分たちの成長の起爆剤にもなるプレーにも出会えるでしょう。今回ご紹介したのは、語り継ぎたいチームのほんの一握りに過ぎません。リスペクトできる素晴らしい仲間たちはいつの時代も直ぐ側に居るのです。

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大塚 裕

大塚 裕

1961年東京生まれ。現NDAコミッショナー。愛犬JACKEYと2001年にディスクドッグ世界大会に日本代表第1号として参戦。その後も2度日本代表となる。ディスクドッグの楽しさを広く知ってもらうことに喜びを感じている。

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